神奈川県海老名市在住の主婦が、地元の街の今をつぶやくよ♪
母がホームを移転しました
2017年04月14日 (金) | 編集 |
以前、このブログで、実母が老人ホームに入所したお話をしたと思うのですが、

この4月4日に市内の別のホームに移転させました。

母は、千葉で独身の弟と暮らしていましたが、
だんだん認知症が進み、夜の徘徊で何度か警察のお世話になってしまったため
私の住んでいる海老名市にある老人ホームで暮らしてもらおうと
去年の10月に入所してもらいました。

ヘビースモーカーである母が館内でも喫煙が許してもらえるホームを必死で探し、
やっと見つけたホームに連れて行くと、
母も気に入ってくれて、別れ際は笑顔でバイバイと手を振ってくれたので
ここで穏やかに暮らしてくれれば良いなと願っておりました。

が…
入所して初めて面会に行くと、喫煙できるからと選んだホームだったのに
入所して1回も煙草を吸わせてもらえていなかった様子。
ケアマネさんからは、吸っている煙草のニコチン量は低いものだから
思い切って禁煙させようと思いまして…との話
まあ、COPDがある母なので、常時、喉がヒューヒュー言って苦しそうだった為
楽に呼吸しているし、夜も良く寝れると母は言うので、
そのまま禁煙を頑張ってもらおうと承諾しました。

入所2週間ぐらいたった頃でしょうか?
2回の大きな転倒があり、足を痛めたため、しばらく寝たきりの様な状態に。
スタッフが目を離している時の徘徊中の事故だとの報告
幸い大腿骨などの骨折は無かったものの、しばらく動けなかったので
この時期にボケが、さらに進んでしまったと思われます。

年内に入ると…
徘徊中に
ある日は、頭をぶつけてたんこぶができました。
ある日は、顔を何かにぶつけて、目の周りに痣ができました。
ある日は、転倒してお尻に痣ができました。
との報告が頻繁にあり、
両手にも、しょっちゅう、なにかしらの痣をつくっていました。
その時々にホーム側に状況を確認すると
全ての痣の出来た状況が、スタッフは見ていない時に起きました。という報告。
それに対して、なんらかの対策を考えますという報告は一切なし。
会いに行くと、どこかしらに痣が出来ているのは、退所までずっと続きました。

70代の時に脳梗塞に2回なっているので、
梗塞の予防のために 血液さらさらのお薬を飲んでるため
痣が出来やすく大きくなってしまうのですが、
それにしても
毎回の派手な痣をみると、心が痛くなりましたし、
少しずつ施設への不信感が増していきました。


2月になって施設長より
夜間徘徊がひどく、他室入室などで、他の入所者さんに迷惑を掛けているので
落ち着かせるために認知症の薬を変えたいとのお話があり、
施設側のかかりつけ医より、抗精神病薬などの処方を受けました。

そのしばらくしてまた 施設長より、
薬を変えたけれども、徘徊は止まらない。
かかりつけ医から認知症が良くわかっている精神科を受診して
認知症系の薬のコントロールをしてもらって欲しいと要請があった。
との話があり、市外の病院に母を施設長同伴で連れて行きました。

受診後、ドクターは、
徘徊を止める薬は無い。
この処方には問題を感じる。
この施設の介護ケアにも疑問を感じる。
他の施設へ移すことを考えてはどうか?とのお話がありました。

ドクターからのこの話を受け
毎日のように痣を作っていて、
新しく処方された薬で、ぼんやりとしたうつろな表情になり
震えなどの副作用も出ている様子の母を見て

兄弟で話し合い、早急に転所させようと決め
精神科のドクターから紹介された老人ホーム紹介所「みんかい」に相談を始めました。

みんかいの担当者さんに今の状況をすべてお話し、
徘徊がひどい重度の認知症の母を
できるだけ認知症の薬を使わない方向で受け入れてくれる施設を
探して頂きました。

が、手のかかる母を看てあげるというホームは少なく
そして、
あったとしてもスタッフの数が多い手厚い介護の施設になるため入居料がかなり高い。
それでもなんとか候補の施設を2つに絞り、見学に行きました。

どちらの施設も
設備やスタッフの人数、食事、イベントの内容も今の施設とはかなり違いました。
お金があれば、より人として納得のいく生活ができるのだと思い知らされました。

48才で父に死なれてから、看護師として必死に働いて
私たちを育ててくれた母なので、最期は穏やかに暮らして欲しいとの
弟の決断もあり、この4月に移転となりました。

前の施設を非難するつもりはありません。
どんな施設でも絶対でないのは十分わかっています。
施設内の構造やシステム、人員に限界があるのもわかっています。
ましてや、母は、徘徊のひどい重度の認知症ですし…

ただ、
今回のことがあって悩んでいる時に読んだブログ記事↓にすごく共感しました

認知症の母を「しれっと」介護する息子のブログ 40からの遠距離介護
「ロールパンを小さくちぎるべき」老健に4000万円賠償を命ずるニュースを読んで

なにか事故が起こった場合、施設側対しに感謝や信頼の蓄積があれば、
事故に対しての怒りが、かなり相殺し、しかたないという気持ちも生まれるのでしょうが
日頃の信頼関係の積み重ねによる感謝の気持ちが無ければ、
怒りの収めどころが無くなるということなんだなと思いました。


新しい施設は、幸い
ホーム長さんをはじめ、スタッフの皆さんが頭が下がるほど、温かい方々で、
会いに行くと、昨日の母の状況をユーモアを交えながら楽しく報告して下さいます。

特に驚いたのが、
入所して1日目で、母をよく観察して下さりながら
こうしたいああしたいとのたくさんの介護の提案をして頂いたことです。
さらには
私からの「こうした方が…」という提案に対しても、「ああ!それは良いかも」と
早速試してみてくださるという柔軟性もあり。

また、母がこのホームで早く安心できるようにと
ホーム長さんが、ずーーと母に寄り添って徘徊に付き合ってくださっている様子。

そういう介護の様子を見て、何度もうれしくて泣きそうになりました。
このまま、母がこの温かい施設で、穏やかに暮らして行ければと本当に願うばかりです。





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母がホームに入所しました
2016年11月03日 (木) | 編集 |


このところ、ブログ更新が出来なくなっておりました。
母の老人ホーム入所の準備などもろもろあり、
思うように自分の時間が持てなくなっておりました。


以前、実母の介護に週一程度、
千葉の実家に通っているというお話をしたと思いますが、
今回は、その母のことを自分の覚書として少し記録させて頂こうかと。


母は、80になった頃から、行動に変化が出てきて
家事も少しずつ出来なくなっておりました。
それとともに 元気もなくなり、鬱のような状態に。
今思えば、その頃から認知症を発症していたでしょう。

母は独身の弟と2人暮らし。
70になった時、弟の仕事の都合で新しい土地に移り住みました。

母の性格もあってか、新しい土地で友達も出来ず
仕事が忙しい弟は帰宅が遅く。
話し相手の居ない刺激が少ない独居に近い生活を送っていた為
認知症の進みが早かったのかもしれません。


生活に変化をもたらした方が良いのでは?と考え
住んでいる地域の地域包括支援センターに相談。
デイサービスを使ってみたらどうでしょう?とのことで、
要介護認定の手続きを開始。

脳神経外科で、軽度認知症の診断をもらい。
市からの訪問調査を受け
認定結果は、要支援1でした。

その後、紹介された施設へ母と一緒に見学に行きました。

とてもアットホームな雰囲気の素敵な建物。
スタッフの方も明るく優しい方々でしたが
通所されている高齢者の皆さんが、介護度の高い方が多く
話のできるお友達を作れるような状況ではありませんでした。

気難しい母は、通所を拒否。
仕方がないので、施設スタッフの訪問(週3回)に切り替えましたが
そのうち スタッフさんとの折り合いが悪くなり、それも中止となりました。

その後、公的な介護サービス利用は途絶え、
その代わりに 私が定期的に実家に通い
家事などの介護をし始めました。

毎週水曜、始発に乗り、家まで3時間の道のり
次の日の朝実家を後にして昼からパートの仕事に入る
を3年続けました。

正直しんどかったけれど、独りで支えてる弟のことを思うと
週一なんだから頑張らないと!と思っておりました。


そして昨年の後半ごろからでしょうか
私の週1での応援では足りない。という状況にまで
母の認知症が進みました。

再度、地域包括支援センターに相談。
要介護認定も要介護1と認定し直され、
新しいケアマネージャーさんを紹介して下さいました。

この方が、とても仕事ができる方で
母の性格や特性を考慮し、
彼女に合いそうな通所施設を一生懸命探して下さいました。

困ったことに母は、ヘビースモーカーなんです。
煙草を吸える介護施設って少ないのですが
その中でも なんとか母にピッタリの施設を見つけて来て下さいました。

気難しく老人扱いされるのを嫌う母に、
施設には仕事をしに行くのだ。という嘘をついてもらい
通所がスタートしました。

介護施設のスタッフさんが、これまた能力の高い方々でして
気難しい母を上手に往なしながら、週3~4回デイサービス利用をしていました。

働きに行っていると思っている母に
私製の給料袋にお金を入れて、施設からお給料が来たよと
私から渡してやるなど工夫もしました。

デイで元気を取り戻していた母でしたが
今年に入り、認知症は加速度的に進んで行きました。

それに伴い、要介護認定もどんどん上がっていきました。

初めに出た認知症の症状は、物盗られ妄想。
自分でしまい忘れた財布を家族が盗んだと思い込み
私のところにも 怒りながら何度も
「あんたが盗ったんでしょう!」と電話を掛けて来ました。
認知症のなせる業と理解しているものの、悲しく苦しい想いで辛い時期でした。


次は見当識障害
いつも利用していたスーパーからの帰り道が、急にわからなくなり
自分から交番に助けを求めに行きました。
警察から連絡があった時は、
すごくビックリしましたが、一方では、あーとうとうそういう時が来たかと…。


記憶障害
過去のことをどんどん忘れて行きました。
自分が結婚していたこと。父のこと。孫の顔。
通っているデイサービスでのことを 家に帰って来て一息つくと忘れていました。
最後には、私たち姉弟も自分の姉弟と間違えるくらいになりました。


一番困ったのは暴力
デイサービスで、母が疲れたから帰りたいと言うのを
もう少し頑張りましょう。と説得されたことに苛立って
スタッフさんに靴を投げたり、叩いたりという暴力が始まりました。

これについては、ケアマネージャさんから、もしかすると
認知症の薬が合わなくなって来ているのが原因かも?との提案を頂き
認知症の専門医に改めて診てもらい、認知症の薬を変えたことで
劇的に症状が緩和し、助かりました。


そして、今年の夏ごろから
夜間徘徊が始まってしまいました。
玄関にチャイムをつけたりして防止を図りましたが、
2回、御近所にご迷惑を掛け警察のお世話になってしまいました。

こういったもろもろの問題を 主治医に相談した結果、
老人ホームの入所を強く勧められました。

主治医からは、かなり前からホーム入所を勧められてはいましたが
弟が、もう少し頑張れるから。と伸ばし伸ばしにしていました。
しかし、弟も 母の夜の徘徊で、夜もおちおち寝ていられなくなり
苦渋の決断となりました。

ホームについては、
私の家のそばならば、ちょくちょく会いに行ってあげられると思い
海老名市とその周辺で探しました。

喫煙する老人を受け入れてくれるホームは、数少なく
入所費用との兼ね合いから、数施設に絞り、旦那と見学して回りました。
どの施設にも一長一短あり。
最後は、毎日館内イベントの計画がちゃんとあり、
スタッフの笑顔と施設の雰囲気が良いという理由で決めました。

ドキドキの入所日。
泣き叫んで嫌がったらどうしよう。と前の晩は眠れませんでした。
でも
用意した居室とスタッフの歓迎に気を良くした母。
笑顔でバイバイ出来たのは、救いでした。



入所して1か月近くが経ち。
難しい母は、いろいろ問題を起こしてはお手数をお掛けしている様子。
お手数をお掛けしてます。ありがとうございます。とペコペコしながら
週に4日ほど、面会に行っては、外に連れ出しております。

こんなところに親を置いてきてしまった。という罪悪感が、
心の隅っこにいつも小さくあります。

でも、入所させたことで、
母の何を言ってるのかわからない話にも
笑顔で「うんうん。」と聞いていられる私がいるのは、本当にありがたい。
久しぶりに自分の休日を自分のためだけに使えたのもうれしかった。

介護って、本当に大変です。
親だからなおさら大変なのかも。
自分の気持ちに折り合いをつけるのも難しい。
簡単に割り切れず苦しむ人が、いっぱいいると思う。

そんな折々に、寄り添って温かい言葉を掛けて下さった
全ての優しいみなさんに本当に感謝しつつ。
今後も母を見守って行きたいと思っております。